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  <title>仏教雑記帳</title>
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  <description>香椎仏教研究会（香椎の会）のブログです。
香椎の会の日程や講義を受けた感想などを
徒然なるままに書いていきます。</description>
  <lastBuildDate>Fri, 27 Jan 2017 12:12:30 GMT</lastBuildDate>
  <language>ja</language>
  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <title>父の祥月命日に思う</title>
    <description>
    <![CDATA[今日は、父の祥月命日。平成25年1月27日早朝、父は大病院の片隅で亡くなった。<br />
父の生涯を考える機会を頂きながら、正信偈をあげた。<br />
父の生涯は全て私の為にあったのだと、そう思う。<br />
私の為ということは、私が私の一生を全うすることである。<br />
全うするとは、「本来の私」へといのちが尽きるまで歩むことである。<br />
<br />
つらつらと聖典を拝読しておるとつい目が留まることがある。<br />
今日は特別な日なだけに、気がつかない深い思いが目を留めさせたのかもしれない。<br />
今回、目に留まったのは教行信証化身土巻。<br />
教行信証の化身土巻の一つのクライマックスでもある「悲歎述懐」の後の「三願転入」の後、<br />
ご自釈での「五説」そして「四依」の部分の最後の方。<br />
これは「大智度論」からの引用で龍樹の文言である。<br />
<br />
「依智」とは、智はよく善悪を籌量（ちゅうりょう）し分別す。<br />
　識は常に楽を求む、正要に入らず、このゆえに「不応依識」と言えり。」（谷派ｐ.358）<br />
<br />
現代語訳<br />
「真実の智慧に依るとは、その智慧はよく善悪を比較し区別するが、心はただつねに楽しみを求<br />
めるだけで、肝心の正しい道にはいていかない」（石田瑞麿師訳）<br />
とある。<br />
この中で「識は常に楽を求む、正要に入らず」の部分。<br />
「識」はここでは「心」と訳しているが、私としては「外界からの影響を受け、反応したもの」<br />
と捉えたい。「心」とは「反応」である。ただの反応であるから、ぶつかって反射したもの、<br />
とも取ってよいかと思う。「反射」するのだからどこに向っていくかわかったものではない。そういう在り方が「識」＝（私たちの）「心」なのである。<br />
<br />
また、教行信証に戻るが、上記の後にご自釈があって、道綽禅師の「安楽集」が引かれてある。<br />
そこに、私たちの在り方を色々な呼び名で呼んでおられる。<br />
「信想軽毛」（風で飛んでいく程軽い毛のような信心）<br />
「仮名」（ただの概念の塊）<br />
「不定聚」（悟れないもの）<br />
「外の凡夫」（外道凡夫&hellip;凡夫の下の下）<br />
等と手痛い表現をされている。<br />
そして、その引文の後、「大集月蔵経」を引かれて、そこに<br />
「痛焼の衆生」<br />
とある。これは、本当に胸が痛む表現だ。こんなにも痛まれているのは<br />
「識は常に楽を求む、正要に入らず」<br />
からであろう。これは他人事ではない。「私」のことである。<br />
「如来、痛焼の衆生を悲哀して、特（こと）にこの経を留めて、止住せんこと百年ならん、と。」<br />
（谷派ｐ.359）<br />
ここが大無量寿経の流通分につながる文言となっている。<br />
<br />
「当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲哀愍をもって特（こと）にこの経を留めて止住すること百歳せん。」大無量寿経・流通分（谷派ｐ.87）<br />
<br />
ここをもって、私の人生が全うされるには、我が在り方を知らされ、仰ぎ見る世界の中で<br />
「本来の私への道」を歩むほかないのであると知らされることである。<br />
「願生浄土」の歩みほかないのである。<br />
「願生浄土」が「欲生我国」に支えられているのである。<br />
<br />
拝　眞譽<br />
<br />
<br />
<br />
]]>
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    <category>未選択</category>
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    <pubDate>Fri, 27 Jan 2017 12:12:30 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>香椎の会のホームページ移行</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">2015年11月4日</span><br />
<span style="font-size: large;"> 今日、<a href="http://kashii-nokai.jimdo.com/" title="">香椎の会のサイト</a>の移行を行った。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 元々のプロバイダのHMサービスの終了が近づいたから思い切って移行した。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 元々使い勝手が悪く、更新さえままならなかったが、</span><br />
<span style="font-size: large;"> 今回からは更新がしやすいようで助かる。</span><br />
<span style="font-size: large;"> また新たな「出遇い」があることを望む。<br />
</span><br />
<a target="_blank" href="//shinyo.ko-me.com/File/4aec07be.png" title=""><img src="//shinyo.ko-me.com/Img/1446625334/" alt="" /></a>]]>
    </description>
    <category>つぶやき</category>
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    <pubDate>Wed, 04 Nov 2015 07:47:25 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>次回の香椎の会日程</title>
    <description>
    <![CDATA[次回は、平成２５年１１月８日（金）18：30～です。<br />
内容は、蓮如上人御一代記聞書　第６９条（お東では７０条）です。<br />
「他流には「名号より絵像、絵像よりは木像」といふなり当流には「木像よりは絵像、絵像よりは名号」といふなり」]]>
    </description>
    <category>香椎の会日程</category>
    <link>https://shinyo.ko-me.com/%E9%A6%99%E6%A4%8E%E3%81%AE%E4%BC%9A%E6%97%A5%E7%A8%8B/%E6%AC%A1%E5%9B%9E%E3%81%AE%E9%A6%99%E6%A4%8E%E3%81%AE%E4%BC%9A%E6%97%A5%E7%A8%8B</link>
    <pubDate>Mon, 21 Oct 2013 09:42:45 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>年頭のことば</title>
    <description>
    <![CDATA[ご恩というものを思わない。だから、自分でやったという思いしかない。<br />
（細川　巌『正信偈讃仰』）<br />
<br />
細川先生の言葉を年頭に頂き今年も一年、聞法生活を継続一貫続けたいと思います。<br />
<br />
光華女学園HPより<br />
<br />
<a href="http://gakuen.koka.ac.jp/words/h24_06.html">http://gakuen.koka.ac.jp/words/h24_06.html</a>]]>
    </description>
    <category>お念仏の言葉</category>
    <link>https://shinyo.ko-me.com/%E3%81%8A%E5%BF%B5%E4%BB%8F%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89/%E5%B9%B4%E9%A0%AD%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%B0</link>
    <pubDate>Thu, 03 Jan 2013 08:30:58 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>孤独</title>
    <description>
    <![CDATA[孤独ということも、孤独ということは「状況」の問題ではないんです。人間の意識構造が持っている「存在」の問題なんです。取ろうと思ったって取れるもんじゃないんです。意識構造そのものが、孤独を抱えておるんですよ。「独り生まれ、独り死す」ということを自覚しているんです。だから孤独というものは人によってあったりなかったりするもんでないんです。孤独感はあったりなかったりするんですよ、孤独感はね。だけど人間が孤独であるということは「存在」が抱えている、「存在」の問題なんです。空しいということもそうです。真実なるもの、確かだと言えるような生き方をしたい。どうしてそんなことを思うかというと、このまま死ぬのは空しい。生きたと言えるような人生でありたい。こういうことも人間の意識構造が持っている「存在」の問題ですね。<br />
<br />
「迷いに還る」佐野明弘師・・・・35頁・・・より抜粋<br />
<br />
私達は本質的な「孤独」を潜在的に自覚していて、それをごまかそうごまかそうともがいている日暮らしの中にいるんですね。（眞譽）<br />
]]>
    </description>
    <category>お念仏の言葉</category>
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    <pubDate>Tue, 20 Nov 2012 12:55:42 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>佐野明弘先生の言葉</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">「『虹色の魚』という絵本があります。</font></div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">虹色の鱗を持ったすごくきれいな魚がいました。その魚は、自分が輝いていることがすごく嬉しくて自慢でありました。みんなが褒めてくれるわけです。褒めてもらえると嬉しいんです。</font></div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">ある日、小さい魚が「私にもその鱗をつけさせてください」と頼みます。すると、「お前、何様だと思ってるんだ。お前みたいな者が、そんなのダメだ」と言って貸してあげないんです。そうすると、周りの魚たちが「あいつ、きれいな鱗をしてるのに、あんなにいばるんなら付き合うのをやめておこう」と、だんだん離れていってしまうわけです。そうすると誰も褒めてくれなくなってくる。すると、自分が輝いているのが無意味に思えてくるんですね。自分が頑張っているのを誰も褒めてくれないと頑張るのが馬鹿げてきます。みなさん、どうですか？</font></div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">それで、海の底のタコのおばあちゃんに相談すると、「分けてあげなさい」と言われるんです。それで、一度分けてあげることにしたんですね、小さい魚にね。そうしたらその魚がね、ひとかけらの虹色の鱗をつけて、とても嬉しそうに泳ぐんですよ。「わぁ、きれい！」って言いながらね。それを見て、そのことが嬉しく思えたんです。他の魚が喜んでいるのを見て嬉しく思える自分がまた嬉しかったのです。共感ですね。</font></div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">そうしたら他の魚にも配りたくなって、みんな配ってしまったんです。そしたら、自分のきれいな鱗をみんながつけて喜んで、鱗をつけた魚でいっぱいになった。そこにきれいな世界が展開しました。虹色の魚の虹色の鱗は残り一つしかなくなってしまい、皆と一緒になってしまいました。だけど虹色の魚は、みんなが喜んで輝いている世界を見て嬉しかったんですね。</font></div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">自分が輝くことよりも、輝きの中に自分が共にいるということの方が人間は嬉しいのです。自分が輝くことを求めるよりも、輝きの中に自らを見出す、そういうことがあるんですね。私が光るというのではなくて、光の中に、共なる世界の中に、自分が見えてきたんです。</font></div>
	<div style="font: 12px/normal &quot;Hiragino Mincho Pro&quot;; margin: 0px; text-align: justify; text-indent: 12px; font-size-adjust: none; font-stretch: normal;">
		<font class="Apple-style-span" face="'Hiragino Kaku Gothic Pro'">特別な者になったり、特別な心境になったりすることが救いなのではなくて、それぞれが、それぞれの人生、それぞれの苦悩を抱え、そして皆いのち終わってゆく、その中に大切なものが見えてくる、そういうことが大事なのです。」<br />
		<br />
		<br />
		眞譽：難しいことをわかりやすく語られておられると思います。私は今「自から他への転換」というテーマで色々と見聞きしておりましたが、佐野先生は別の視点から示唆をあたえてくださいました。有難いです。</font></div>
</div>
]]>
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    <category>お念仏の言葉</category>
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    <pubDate>Sun, 14 Oct 2012 14:05:35 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>香椎仏教講座通信309号　巻頭言</title>
    <description>
    <![CDATA[<br id="NINJASELECTIONID" style="clear: both;" />
念佛の世界は<br />
煩悩を抱えて<br />
泣いたものが、<br />
煩悩を叩いて<br />
喜ぶ世界である。<br />
<br />
<br />
　　　　　　　　　住岡夜晃師<br />
<br />
この言葉に仏教の本質が顕されていると思います。]]>
    </description>
    <category>お念仏の言葉</category>
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    <pubDate>Sun, 30 Sep 2012 10:02:29 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>十月の香椎の会の日程</title>
    <description>
    <![CDATA[香椎の会の十月の日程は以下の通りです。<br />
<br />
日時：十月十一日木曜日　18時30分~<br />
場所：香住ケ丘公民館<br />
蓮如上人御一代記聞書　第二十一条です。<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>香椎の会日程</category>
    <link>https://shinyo.ko-me.com/%E9%A6%99%E6%A4%8E%E3%81%AE%E4%BC%9A%E6%97%A5%E7%A8%8B/%E5%8D%81%E6%9C%88%E3%81%AE%E9%A6%99%E6%A4%8E%E3%81%AE%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%97%A5%E7%A8%8B</link>
    <pubDate>Sun, 23 Sep 2012 05:26:56 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>現実生活と仏教</title>
    <description>
    <![CDATA[いつも訪問しているブログから引用してみます。<br />
<br />
＞仏教を学ぶということは、なにかが分るとか、なにかが決着するということではないのでしょう。<br />
　いろいろと悩み、考え、模索している時間のすべてが聞法で、そのことに意味があり、<br />
　思いのいろいろが落ちて、最後は「このままでよかった」となります。<br />
<br />
現実生活が仏教の舞台、堤先生は「煩悩こそ本願念仏が働く舞台である」といつもお教えくださいます。<br />
現実生活抜きの仏教はただの知識でしかないのでしょう。<br />
<br />
仏教ブログ：<a href="http://ictv.easymyweb.jp/member/zenkyu/">http://ictv.easymyweb.jp/member/zenkyu/</a>]]>
    </description>
    <category>つぶやき</category>
    <link>https://shinyo.ko-me.com/%E3%81%A4%E3%81%B6%E3%82%84%E3%81%8D/%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%A8%E4%BB%8F%E6%95%99</link>
    <pubDate>Sun, 23 Sep 2012 05:24:52 GMT</pubDate>
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